日本人工関節センター
責任者: 平川和男

 私は、日本の大学医学部を出て、大学院で研究を続けたあと、さらに海外留学ができる環境に恵まれました。とても考えられないほどの貧乏な留学生活ではありましたが、得られたものは大きかったと思っています。それを支えてくれた家族と両親、そして日本、アメリカを問わず周囲で支えてくれた周囲の先生方には心から感謝しています。研究留学して一番感じたのは、人工関節という自分の専門とする分野において、日本とアメリカではこんなにも医学研究に対する姿勢、設備、お金のかけ方、マンパワーが違うのであることに大きな驚きと感動を覚えました。日本が過去何十年にもわたり、何も変わっていないのか?追いつこうとしても追いつけないのか?あるいは、どんどん進んでいる周辺世界に対して、旧態依然とした方法論、独自のシステムを見直すことなく無理強いしている日本があるのか?これは帰国後に少しずつわかってくることになるわけですが・・・

 まず、アメリカでは患者さんの治療が最優先です。医療ミスをしたらすぐに裁判になるという厳しい背景もあります。当然のことですが、整形外科医はまずかなりの“腕”が要求されます。そして、それに対する医師および医療スタッフへの報酬も日本の数倍です。患者をまず、きちんと治せること。そのあとに研究がついてきます。より良い治療を模索するために、あるいはより早く社会復帰させるために行ってきた臨床研究システムが確立されています。日本はまず基礎研究が大切で、そのために患者さんに対する最善の治療が後回しになる傾向が、少なからずあります。ある医者が、どんなに患者さんからの評判が良くても、手術の腕がよくても、研究、論文がないと“大学教授”という職に就けないという理由もあるようです。また、給与がほとんど同じであるのに、手術をたくさん行うと忙しくなるだけ!という発想もあったのかもしれません。日本では給与は大体決まっていて、手術をたくさん行い、患者さんをたくさん診察しても収入には変化が無いのです。国にもよりますが、アメリカなどでは臨床教授という名前のついた腕のいい医者がたくさんおりますが、日本では教授というのはひとつの大学のひとつの科(たとえば整形外科)にたった一人だけです。このような大きな違いにショックを受け、日本に帰ったら今までの研究を基にして患者さんのためになる現場の医療で新しいことを患者さんのために見つけていこうと考えました。まあ、海外留学前には、井の中の蛙であったことは否めませんね。

 病院の数(ベッドの数)も日本ではとても多く、人口1000人当たりのベッド数は、アメリカやイギリスの約3倍、ドイツ、フランスの1.5倍もの数になります。そして、病院のベッド100床あたりの医者の数はアメリカの6分の1、イギリスの4分の1、ドイツ、フランスの3分の1となっています。これでは日本のお医者さん方は、めちゃくちゃ忙しいはずですね。看護士さんの数も100床あたり、ドイツの半分以下、イギリスの3分の1、アメリカなどと比較するとたったの4分の1以下です。これでは、看護士さんたちも大忙しです。日本の入院期間は欧米諸国の3倍から5倍もの期間を要しています。異常というぐらいに長いのです。病気の種類にもよりますが、痛いうちは動いてはいけない、家に帰ってはいけない。縫ったあとの抜糸がすむまで無理して帰ってはいけない。おそらく、長く入院させて儲けようとしてきた大昔の日本の医療の弊害が患者さん側にも常識として伝わってきたのでしょう。日本の病院というのは営利企業ではありませんから、原則としてとてつもなく儲かるようなシステムではありません。このため経営を考える側にとっては当然の措置であったのかもしれません。しかし、病院には多くの種類の病気を持つ患者さん、お見舞いの方、一般の方の出入りも激しく、細菌やウイルスが蔓延しています。欧米の病院では手術した後、できるだけ早く病院から退院することが大切ですと、患者さんに教育しています。当然、支払うべき医療費が安くなるからでもありますね。これらを取り入れようとして、私の専門である人工関節手術後に早期社会復帰、早期退院を目的としてこの10年間試行錯誤を重ねてきました。

 現在では、とても小さな皮膚切開による人工股関節手術の開発を行っています。これをMinimally Invasive Surgery (MISと略します)といいます。従来は20cm近くの大きな傷をつけて人工股関節手術を行っていました。MIS法では6cm程度の傷で手術を行うことができます。皮膚の傷の大きさだけでなく、靭帯、筋肉などに対しても小さなダメージで手術を行うことができるのです。当然患者さんの手術後の痛みが少なく、回復力も早く、筋力低下も少なく、手術後平均13日程度で歩いて自宅へ帰ることができるようになったのです。

 ただし、高度の知識を持った医療スタッフが配置されていることが重要で、スタッフが“ころころ”かわる施設では一定した高い質をもつ最善の治療は望むべくもありませんね。そして手術前の患者さんへの徹底した説明(インフォームド・コンセントといいます)とその理解が重要であると思います。われわれ医療スタッフはよりよい人工関節治療をわかりやすく提供するために数々の方法を用いて患者さん、そしてその家族の方々にも理解していただけるように日夜努力を重ねております。そして、総合病院ではなかなかできない人工関節専門施設の設立を目指して頑張っています。もし、股関節、膝関節の痛みで手術を勧められているが、とても手術を受けることに踏み切れず、悩んでいるという方がいらっしゃいましたら是非一度相談にいらしてください。ご自分のための手術です。病院や医者や看護士のために手術をするのではありません。ご自身のために、多くの意見を聞いてみることが大切ですね。単にひとつだけの情報(テレビ、新聞なども含めて)を信じることには危険が伴います。十分に納得してご自身の治療を行っていただけるように、努力をしてみてください。

留学時の経験は私の
医療人生の財産です